自分の日常的な仕事から自然に塾の必要性を私自身が感じ取ったに過ぎません。そして実際には、自分でも最も苦労していた「中学入試」というものに、四人の我が子たちを関わらせることで多くを学びとることができた、ということなのです。そしてそれは塾の経営のなかに少なからず生かされたように思います。受験のプロはいるとしても、親にプロはありません。親が塾教師だからといっても、子供が勉強好きになるとも限りません。「親と子」という、人類がスタートしてからずっと抱えている問題にアプローチしようという大それた気持ちもありません。「中学受験」の時期は自分の親が高齢に達し様々な問題を抱えると同時に、「夫婦」としてもそれなりに難しい時期だと思います。
最近は宿題のない学校というものがもてはやされ、さも管理教育などをしていないといった風潮で、好意的にマスコミなどに取り上げられることが。しかし、宿題のないことは、本当に子どもの教育のために良いことなのだろうか、ここで改めて考えてみたい。エビングハウスの忘却曲線というのをご存知であろうか。昔、エビングハウスという著名な心理学者が、人間は一度覚えた単純な知識をどのぐらい覚えていられるかを調べたグラフである。その忘却曲線を見ていただきたい。人間は、一日たつと覚えたことの30%から40%ぐらいしか記憶に残っておらず、二日、三日とたつとだいたい20%になってしまう。つまり、勉強のやりっぱなし、または一回だけの学習では、一週問もたつと、大部分の人間(子どもを含めて)は八割近くの内容を忘れてしまうのである。
入試では、一点が合否の分岐点になる怖さがあります。解答不可能な設問ならば、あきらめもつきますが、ケアレスミスは、悔いが残ります。「ああ、単純なミスを……」。動揺がその後の試験まで尾を引く場合だってあります。二月下旬は、まさに東大、一橋など前期試験の天王山。本番でのケアレスミスにだけは十分に注意してほしい、そう願っています。ケアレスミス原因の一つは「極度の緊張感によるものが多い」。とくに雰囲気に慣れていない最初の受験時にその傾向がある、と聞きます。過去にも、極度の緊張感から「平常心、平常心」と念じたが、手足が震え、満足に字を書くことさえできなかった、という事例を見聞しています。緊張感を取り除く一番の方策は体験。受験に慣れておくことですが、この時期に言っても、間に合いません。